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2008年から2019年の野毛

2008年から2019年の野毛

今年になってますます人が増えてきた野毛の飲み屋街。特に金土日は激しいくらい人で溢れかえっています。メディアに出る頻度も年々増えてきている野毛ですが、何故こんなにも野毛に人が来るようになったのでしょうか。まだ11年間しか野毛に通っていない若輩者ですが考えてみました。

まず一つにインターネットの普及があると思います。自分が通い始めたころは2008年で、今と違いSNSが全く普及していないので、野毛情報は数少ない飲み屋雑誌と個人のブログと食べログしかありませんでした。自分は食べログと図書館から借りてきた雑誌を見て酒場を探しました。

しかし、だんだんとSNSの普及により野毛の酒場の投稿が増え、目にする機会が増えてきました。野毛の街は他の飲み屋街より巨大なので、歩いてるだけで楽しく昭和のレトロな風景などがインスタ映えにも繋がっているのではないかと思います。

その流れで若い人が極端に増えた気がします。自分が通い始めたころは、どの酒場に行っても自分が一番年下でした。それが6,7年前からオシャレな酒場が増え若い店員さんが元気に営業して、若い女性がが入りやすくなった。さらに最近では立ち飲み屋でも女性グループや若いカップルがデートするのを見て驚いています。

自分が20代前半だった15年以上前は横浜駅、新宿、渋谷で飲むときに「立ち飲み」という選択肢は一切ありませんでした。安い酒場というと魚民や和民の赤い看板のチェーン店でした。しかし、鳥貴族などの300円酒場が増え、その流れで立ち飲み屋も増えました。数年前まで、立ち飲み屋というと狭い、汚い、入りづらい、というイメージがあったかもしれません(実際は違いますが)。しかし、入りやすい立ち飲み屋、若い店員ばかりの元気の良い立ち飲みなど、ハードルが一気に下がり、「立ち飲み=簡単に安く飲める」という印象に変化していき、多くの人の中に「立ち飲み」の選択肢が増えてきたと思います。そのことから、野毛の立ち飲み酒場にも多くの人が増えている気がします。

 

野毛での11年間

2008年、野毛で初めて訪れた酒場は餃子が美味しい三陽さんでした。現在、野毛小路の焼肉治郎丸さんがある場所にあり、外にあるテーブルで餃子を食べました。野毛小路では外にテーブルを出している酒場が多かったですが、2016年あたりから警察の目が厳しく外にテーブルを出すことが出来なくなってしまいました。

通い始めたころは、恥ずかしながらシャレオツなBARにもよく行っていました。チャージが500円や1000円するようなBARに行っては、ウィスキーを飲んでマスターに話しかけていました。そのあと仕事を辞め、貯金もなくなり、リアルせんべろ人生が待っているとは考えもつきませんでした。

立ち飲み酒場が密集する地下街のぴおシティ、川沿いに扇形に建てられた小さな酒場が密集する都橋商店街、唯一無二の酒場が数多く存在するのも野毛の特徴だと思います。

2013年ごろからテレビでも野毛を紹介する番組やドラマの撮影現場に使われると同時に、イタリアンなどのシャレオツな酒場が増え、若い女性やイケてるカップルがたちが野毛を訪れ始めました。自分も何回かデートで野毛を訪れましたが、一つも実った恋はありませんでした。

自分が野毛でせんべろ&はしご酒をし始めたのは2016年あたりでした。仕事を辞め、日雇労働を繰り返しながら貯金がどんどん減っていくと同時に、シャレオツなBARからだんだんと立ち飲み酒場へと移行し始めました。当時、ぴおシティにある立ち飲み酒場は「石松」さんと「はなみち」さんしかなかったと思いますが、2017年から一気に数が増えました。それと同時に自分も立ち飲みの楽しさにハマっていきました。

最近の野毛は金土日とオーバーツーリズム状態になっています。金曜の夜、土日は昼から野毛小路のメイン通りは多くの人で溢れかえり一部の酒場では行列も出来ています。ただ、自分はそんな野毛でハシゴ酒をするのが楽しかったりもします。時間帯を考えて上手く人気酒場を周ったり、伊勢佐木町や関内・馬車道方面まで歩けばさらに庶民的な素晴らしい酒場が増え、まさに無限酒場天国。さらに近年では大衆酒場チェーン店が次々に野毛にオープンしてきています。それらの酒場にもお邪魔しながら、野毛でしか出来ないハシゴ酒をしていきたいと思います。

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